■マスと個の新たな関係性構築の考え方

成熟型社会の到来がいわれるようになりだした現在、その流れに反比例するかのように、世の多くのマス的なるものの存在感は急速に希薄化する方向に向かいだしている。我が国の高度経済成長を牽引してきた大手企業中心の企業社会も今となっては肥大した組織をもてあますようになり、そこから生み出されていく普及型商品もモノ余りの時代に魅力度を低下させている。

マス的なるものの象徴的な存在としてテレビ、新聞などのマス・メディアの業界が挙げられるが、この業界の存在感の低下も著しいものがある。ラジオ媒体は早い時期に個(聴取者)との新しい関係開発に成功したために比較的存在感を維持できているが、テレビ媒体を始めとするその他の多くのマス媒体は、いまだにマスと個の新たな関係性を構築できていない。一面的な理解に留まっているマスへの認識が個に迫ることを難しくしているのである。そのような状況にもかかわらず、新たなコンテンツ開発の思想も持たずに多チャンネル化だけを進行させるテレビ業界や、拡散するマーケットに盲目的に追従する出版業界などの展開方法は、自らの寿命を自らの手で縮めようとしているとしか思えない。

私たちはあらゆる社会領域を通じて、マス的なるものと個との新たな関係性を構築し直すべき時を迎えている。そのためにはマスに軸足(価値基準)を置きながら拡散する個を追おうとする従来型の発想ではなく、それとは逆に、個からマスを見通す新しい思考体系を確立しなければならない。最大公約数という数量的実像が消滅した時代のマスを相変わらず無自覚に眺めるのではなく、個の有情を実感して、その連鎖するものの集積体としてのマスを実感をもって把握するのである。

社会には様々な領域があり、そしてそこには様々な人間の営みがある。そして基本的に連鎖の構造にある。それらの実態を個から全体への連続性の中で把握することによって、個からマスを見通すという成熟時代に対応した展開は可能になる。企業人、地域産業従事者、生活者、地方自治体職員という四つにカテゴライズされた社会の各構成員のあるべき姿の追求から近未来の多元価値社会を構想しようとする本書の展開も、実はその流れの中にある。個から群を見通し、そして群の集積から全体を見通すのである。

国が遠すぎて個人の実感で国政のありようを判断することができないと言われることがある。しかし、そのような理由だけで地方分権が求められるのならば、地方の時代が実現しても状況は何一つ変わることはないだろう。

徒歩圏の生活圏が連担して中規模地域を形成し、その中規模地域が連担して市町村域が形成されている。そしてその市町村域が連担して都道府県、更にそれが連担して日本という国が形成されている。したがって、国全体と地域社会は決して対立構造や二者択一の関係にあるわけではない。生活者である自分や隣人から始まって、その生活者たちが暮らす地域、地域が連担するマスは全て連鎖する関係にある。

生活者から地域を見通し、地域からマスを見通す。そのような意識改革と具体の展開手法の開発によって、成熟社会に対応できる新たな企ては可能になる。そして、そのようなマスと個の新たな関係式の中での各社会構成員の協働の企てによって、豊かさが実感できる多元価値社会は私たちの前に姿を現すようになる。


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