■地域コミュニティ実態化の為のハード整備の考え方

 先に述べたように、イギリスではパブが、イタリアでは様々なタイプの飲食店が地域の中に驚くほど多く存在している。そして、それらの店は総じて午前中から繁盛している。彼らにとってそこは単なる飲食だけの場所ではなく、地域の社交の場や情報収集の場なのだろう。我が国でこのような地域の社交場的な役割を担っている店舗はすし屋ぐらいしかない。しかし、それさえも駅前に行かなければ無い。店舗という名のこのようなコミュニティ施設は、生活の中心的な場所である住居地域の中では殆ど見ることができない。

 前項で述べた地域コミュニティ実態化のためのソフト計画が一定の成果をもたらしたとして、地域住民たちはそのテーマを何処で語り合うことができるのか。コミュニティの増幅は何処で図られるのか。地域コミュニティの醸成を企図しても、現状においてはそれを地域の中で恒久的に受け止めることができる環境は何処にもない。

 地域に必要なものは地域住民が気軽に溜まれるパブやレストラン、そして街角のスポーツ施設なのである。そこで住民たちは帰宅後、家族や新しく生まれた近隣の友人たちと談笑したり、共同の活動を行う。コミュニティは目的ではない。それは生活を地域で楽しみたい住民たちの営みの隆盛によって結果として付いてくるものでしかない。したがって、既存のコミュニティ・ホールではコミユニティの醸成が図られることはない。そこには生活を楽しむことが出来る何の機能も無いのだから。

 行政の地域政策の基本はまだまだ選別的な弱者保護の考えや、安心、安全の治安対策が中心になっている。また、住民も住宅地には異様な潔癖さで住機能への純化を求める傾向が強い。かつてのニュータウン分譲が活発な時代に洗脳を受けたせいか、住機能に特化した借り物のような閑静な環境だけを評価し、夜に人が溜まるようなわい雑さを招く住機能以外の施設には住環境質の低下を招くものとして反対をする。

 しかし、行政と住民のその様な常識がコンセンサスの中心にあるかぎり、お仕着せでない、生活する楽しさを増幅してくれる地域コミュニティの醸成は難しいといわざるをえない。生活を楽しむことができる、生活枠の拡大に貢献してくれる装置としての賑わい施設が、地域コミュニティ熟成のためのプラットホームとして必要なのである。行政はパブや主婦の趣味の店などの商業系施設を生活周辺産業施設として位置づけて、ストリート・ライブスポットや街角のスポーツ施設などとともに、地域コミュニティの結節点事業という位置付けの下に地域に分散して導入を図らなければならない。


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