荒波を超えて-被災地の企業家たち-

産経新聞 2002年1月16日

新方式でマンション建設

心の底からの自信


 阪急・塚口駅(兵庫県尼崎市)から数分歩くと、駅前のにぎわいがうそのような、静かな住宅街になる。一戸建てが多いまち並みに溶け込むように、濃いベージュ色の外壁とやわらかな曲線の屋根を持つ六階建ての「塚口コーポラティブハウス」がある。
 ここでは二十代から八十代まで十一世帯が約七十平方bから百平方bまで、それぞれが自らデザインした間取りで暮らす。企画したのは設計事務所「キューブ」(神戸・三宮)。社長の天宅毅さん(37)が震災から約一年半後に、立ち上げた。
 「震災は、マンションが持っているさまざまな問題を浮き彫りにした。それを解決する方法の一つとして、塚口コーポラティブハウスを提案したんです」
 天宅さんは独立前の約八年間、中堅マンションデベロッパーの社員として、いくつものマンション建設に携わった。「社会のニーズに応える、意義のある仕事と思ってやってきた」
 その考えは震災で文字通り、揺さぶられた。
 神戸・元町の自宅マンションから約三時間がかりで大阪市内の会社に出勤すると、そこには震災がうそのように、日々の時間が流れていた。
 「何かおかしいんじゃないか」。そんなとき、知り合いの建築家から、神戸市内の被災マンション再建のコーディネーター役を頼まれた。そこでは建て替え派と補修派が真っ二つに割れていた。一級建築士の資格を持ちながら営業や渉外の経験も積んできた天宅さんの”異能”を見込んでの依頼だった。
 震災の翌年四月に退社。”第二の職場”での経験が今のマンションを取り巻く”矛盾”をはっきりと認識させた。「自分の人生設計を左右する場面でいきなり『話し合いと多数決で答えを出せ』と言われても、うまくできないのは当たり前。それは何も被災マンションだけの問題ではない」
 マンションは一般的に三十年もすると、エレベーターや給排水管の全面交換などの大規模な修繕の時期を迎える。分譲マンションなら、その費用は居住者の負担だが、費用が高額なため、合意形成が図りにくい。結果として、放置され、スラム化が心配される。
 コーポラティブハウスは、入居予定者が完成前にいろんな打ち合わせで顔を合わせることで、入居後のコミュニケーションもスムーズにいきやすい。
 しかし、「スケルトン型定期借地権事業の関西第一号」の塚口コーポラティブハウスの"仕掛け"はそれだけではない。
 同事業は「建物譲渡特約付定期借地権」を応用して「百年以上の耐久性を持つ構造体(スケルトン)の住宅」を建てる仕組み。入居から三十年後に「建物譲渡特約」によって、地主が建物のスケルトン部分を買い取ることで、住民の合意形成を必要とせず、オーナーの意思で大規模修繕を行うことができるというわけだ。茨城県つくば市の国の建築研究所で開発された方式だが「出会ったとき、一つの光を感じた」と天宅さんは振り返る。
 「実は、この方式は大規模マンションにこそ採用するべきだと思うんですが、大手はなかなか手を出さない。浸透を図るためにはわれわれががんばらないといけない。大変ですが、心の底から自信をもって仕事に取組めることは幸せです」