京都新聞 2012年9月29日

快適ぐらしの新提案2012

 

快適暮らしの新提案2012

済み継ぎの街づくり・京都にふさわしい住まい方とは

京都市街には町家が建ち並び、周辺には豊かな緑が広がって、歴史を物語る景観が多く残されています。このような土地柄を踏まえて長く住み継がれる暮らしや、歴史的景観と融合する街づくりについて考えてみようと、さる3月27日、京都ホテルオークラにて公開フォーラムを開催しました。京都市が推進する「平成の京町屋」との連携による京都らしい町のあり方や、暮らしの可能性について討論が交わされ、会場に詰めかけた方々は熱心に聞き入っていました。

景観を守るための規制と法規

長谷川
バブル崩壊から20年、それに大震災が重なり、日本人の生き方が変わりました。「住まう」ということを考え直す時期ではないかと思います。まずは住宅を建てる上で無視できない、各種の規制について伺いたいのですが。

松田
京都市における面的な景観保全の取り組みは1930年の風致地区指定に始まります。乱開発が危惧された66年には、景観を守るため古都保存法ができ、翌年、古都保存法による歴史的風土特別保存地区を指定。プレゼンテーションのあった嵯峨周辺は、当時は山の景観を重視していたので、風致地区の建ぺい率20%という低さが採用されたのです。72年には全国に先駆けて市街地景観条例を制定。2007年には建物の高さおよびデザイン、屋外広告物の規制などの見直しと、眺望景観の新たな保全策を加えた新景観政策を実施し、市民の意見を踏まえて11年に政策を進化させ、市民とともに創造する仕組みを整えています。

長谷川
市民と行政が一緒になって景観を守るだけでなく、つくる仕組みを整えて行こうとしている。「平成の京町家」の役割も大きいのではないでしょうか。

松田
通風や採光、自然素材の利用などの京町家の良さを継承しつつ、現代技術の良さを加えた新しい京都のエコ住宅をつくろうという提案です。自然や街とつながり、京都らしいライフスタイルの醸成していくことを目的に、制度を創設し、研究開発や普及促進を行うコンソーシアムをつくりました。今秋にはモデル住宅も竣工予定です。

長谷川
「平成の京町家」を通じて町家だけでなく京都らしい住まい方を普及させるのも行政の役割です。新しい技術を導入し、地域の環境を生かしてどんな家をつくるのか。そこで気になるのは法律です。中でも区分所有法(建物の区分所有等に関する法律)を使って何ができるか、使うとどんなことが期待できるかを伺いたいです。


家づくりには公法(行政法)と私法(民事法)二つの分野の法律が関わりますが、一つの土地に複数の建物を建てる場合、どうすればうまくいくか。先ほど天宅さんが発表された集合住宅は、それを追求した一例だと思います。区分所有法の団地システムを活用して、二戸という集合住宅としては最小単位ですが、所有する人たちの団体で建物や敷地に関するルールを決めて実行していくことができます。

長谷川
区分所有法というのは周辺の景観ともマッチした住み心地の良さをつくっていくのに有用で、管理だけでなく開発の手法としても使えるようですね。


単に戸建ての集まりでは、特に建物に関して、エリアとしての団体的取り決めができません。きちんと住んでいくにはルールが必要であり、団体というものがなければルールをつくれない。そのために土地を共有にして建物を区分所有する、それならエリアに住む人みんなが取り決めでいろいろルール化していけるわけです。個々の住まい内は自由に使えるし、棟単位の変更は規模に応じて全員または二戸一棟で隣り合った人との相談で合意すれば可能。通路など全員所有のスペースについては、全員で考えながら全体の管理費で改修などが行えます。

天宅
阪神淡路大震災の復興に関わって以来、震災で明らかになったさまざまな問題を、具体的な形として解消する提案ができないかと考えてきました。集合住宅に関して、区分所有法については少しずつ改正されてきたものの、建て替えや改修に向けた合意形成が難しいところにジレンマを感じていました。老朽化した後に出口がないと、持続可能とはいえません。いろいろ考えてたどり着いたのが、発表したプロジェクトなのです。今まで問題ばかり指摘されてきた区分所有法ですが、今回の計画に当てはめてみたとき、その利用価値の大きさに気づかされました。本プロジェクトであれば、今まで持続可能性を確保するに至っていないわが国の集合住宅の現状に、風穴を開けられるのではと期待しています。

済み継ぐにはルールが必要

長谷川
済み継ぐことを念頭において、その仕組みはどうつくればいいでしょうか?

高田
私は建物の構造躯体(くたい)と各戸の内装を分けて作っていく、スケルトン・インフィル(SI)の仕組みを研究してきました。財としての性質も材料や部品としての寿命も異なるSとIを切り離して考えると、改修しやすく、手を入れて住み続けやすくなります。天宅さんのプロジェクトは、二戸一棟というのが大変大きなポイントになっていると感じましたが、将来の家族構成や多様な住まい方を考慮すると、SIの考え方を導入して、住戸と住棟の関係に可変性を与えることが重要だと思います。単身の方のシェア居住など、いろいろな住まい方ができるようになればいいですね。住戸や住棟という境界を固定的なものと考えるのではなく、境界を相対化していくことが必要です。

長谷川
多様な住まい方がある中で、多様性を認め合える共存が可能となりますが、一方で近所付き合いなどが問題になるかもしれない。これらを解決した先に地域としての個性が生まれ、成長もあるということでしょうか。


地域や団地において、それぞれのスペースを所有者の完全な自由にしてしまうと、まとまってやらねばならない事項は達成しにくくなります。そこに住んでいる人が、相互に「制約されながらも自由」であるのが理想でしょう。管理組合を結成して規約を制定しても、住民の4分の3の合意があれば改訂は可能ですから、時代や住む人の変化に伴って変えていけます。私法的にルールを決め、それを権利義務としてしっかりしたものにするのが望ましいですね。戸建ではあり得ない、団体が備える自治基盤を生かしていってほしい。

天宅
今までこのような集合住宅は無かったので、どんな人が住んでどう変化していくのか、自分でも大変楽しみです。建物は建ぺい率20%の制約いっぱいに計画していますが、緑豊かでゆったりした風情の集合住宅はここしかない。「こんな住まいで生活したい」と感じる人は、手に入れたいと望むでしょう。戎さんがおっしゃるように、合意によってルールを変えていけるのもポイントです。変えていけることでルールは形骸化しませんから。このプロジェクトの目指す方向性に共感した人たちが住み続ければ、長い年月を経ることにより、熟成された美しい街ができあがっていくと思います。

長谷川
まだまだ景観イコール規制というように考えられがちですが、新たな景観づくり、政策づくりについてはどうお考えですか?また、市民に期待されるものは?

松田
ルールが皆無の状況から、機能する仕組みを築いていくのは大変です。京都には昔から良好な環境形成の取り組みがたくさんあり、今後もアクションはあるでしょう。そんな例を参考に団地内、地域内で機能するルールをつくっていただき、行政は約束事を守るためのサポートを行っていきたい。ルールにもメンテナンスは必要ですので、行政に丸投げせず、住んでいる人も行動してほしい。住む人たちが共有できるようにルールをメンテナンスしながら、互いに約束事を守ることで街がより良い方向に育つでしょう。地域住民が地域特性に応じてより良い環境を維持していくためにルールを制度化し、運営していくのが「建築協定」ですが、これを地区計画に反映させつつ運営していくのが望ましいと思います。

ポジティブに暮らしを創造

長谷川
昨今は安心・安全が特に重視されていますが、京都という土地柄も踏まえ、京都に住み続ける人を増やしていきたいですね。では最後に、これからの快適くらしに必要なことは?それぞれの立場からお願いします。

松田
快適暮らしというのは、押しつけ、押しつけられるものではありません。個々の考えによるところが大きく、そういう点では住みごたえ、住み心地と言ったほうが良いですね。私は住みごたえとは京町家の暮らしのように自分が何かをして、住まいからリターンのある家のことだと思います。そのような住まいの価値が今後も共有されていくことを期待します。


住む人の働き掛けによって住まいからレスポンスがあることを法制度から見ると、例えば、団地に住む住民のルールを決めて自分たちの空間を良くしていくという意識が快適さにつながると思います。ただ、現状では、団地は公法と私法とがうまく連動していない点がある、法環境はもっと総合的であるべきですし、できれば団地型集合住宅に関する法規を特化して「団地法」という形で快適に住むための法環境を整備してはと思いますね。

天宅
京都でプロジェクトに取り組むにあたって、都であり続けてきた京都の街の構造を意識しました。京都は1000年の都といっても、現在1000年前の建物はほとんど残っていません。1000年にわたり、街全体としての骨格を守りつつ、時代の変化に応じて個別更新を繰り返しながら熟成されてきたのが京都の町で、江戸時代末期には、美しい街並みが形成されていました。そこには、町単位でルールがあり、お互いにルールを尊重し、守ることを通じて長い歴史の中で美しい街並みができあがっていったのです。美しい京都の街並みは近代化によりずいぶん崩れてしましましたが、1000年集合住宅は、このシステムのシミュレーションです。お互いにルールを尊重し、守っていくことにより、1000年後の街の姿は最初の街の姿と全く違っているかもしれませんが、持続可能であり、周辺環境と共生でき、セキュリティー面も安心であるという目指す方向性はずっと息づいてほしいという願いを込めました。

高田
京都は、気候や人付き合いなど、よそから来た人には住みにくい面も少なくない。しかし、何でもポジティブに考えることが重要です。例えば、建具替えや建具の開閉は、面倒だと思えばネガティブですが、住まい手の住みこなし次第で快適になると考えればポジティブに理解できます。建具を開けることで自然との関わりが生まれ、自ら住まいに関わることが生活の満足、すなわち「住みごたえ」につながる。家と庭の関係を強めておくことがそれを可能にします。こうした仕組みを丁寧につくりこんでおくことが大事ですね。

長谷川
今日は新しい試みを例に、これからの住まい方を考えてきました。プロジェクトから導き出される課題や提案、問題をあぶり出し、解決に向かう方針を話し合えたと思います。さまざまな立場の人が夢をもってぶつかり合い、より良いものをつくっていくことが、まさにイノベーションだと実感しました。次代の京都づくりには、夢を語り合える場が不可欠です。今日はその第一歩だったかなと思っています。今日はどうもありがとうございました。

1000年集合住宅誕生!

株式会社キューブ 代表取締役 天宅 毅 氏

現在、嵯峨野の二尊院近くで、あるプロジェクトが進行しています。この辺りは歴史的風土特別保存地区で厳しい制約があり、例えば敷地面積は250平方メートル以上、建ぺい率20%、容積率は50%以下です。このように限られた条件下で、春は桜、秋は紅葉が美しい閑静な立地を生かし、住み継げる家を建てるにはどうすれば良いか…。「1000年集合住宅」をキーワードに、持続可能であり、周辺環境と共生でき、セキュリティー面も安心な集合住宅を考えました。

さて、集合住宅の建て替えには住民の5分の4以上、修繕には4分の3以上の合意が必要です。長持ちさせるために高耐久性が重要であるのは当然ですが、いずれは合意形成という大きなハードルが待ち構えており、このハードルを乗り越えることができなければ持続可能とはいえません。本プロジェクトでは集合住宅の最小単位である、二戸一住宅からなる団地を計画し、全体を一つの団地として区分所有法に基づき管理することにより、棟別・個別の改修や建て替えがしやすく、容易に合意形成というハードルを乗り越えることができる環境を整えました。このようにすることで、持続可能な集合住宅のシステムが構築できたのではないかと考えています。

二尊院の辺りは、緑豊かで落ち着いた素晴らしい環境が形成されています。この周辺環境と共生するために、一般的な開発事業のように土地を造成して敷地を細分化し、販売する方法とは異なり、従前の土地の起伏や植栽をそのまま生かし、緑の中に建物が点在するような計画を行いました。街区全体の景観を周辺の風情に合うように計画。敷地を細分化せずに、全体を区分所有法で管理することによって、統一感のある街並みの維持と、時代の変遷に応じた変化が両立する環境を整えています。個々の住まいは、「平成の京町家」のコンセプトを踏まえ、日本ならではの多目的空間である和室を生かし、建具の開閉により採光や通風を住み手自身がコントロールできるような計画としています。

セキュリティーに関しては、エリア全体を塀で囲んでオートロックを設置します。エリア全体でセキュリティーを確保しつつ、エリア内は開放的で、子どもが庭や通路で遊べる環境をつくっています。

持続可能であり、周辺環境と共生でき、セキュリティー面も安心な集合住宅。さらに高品質な100年住宅と「平成の京町家」を融合。規制・法規に縛られるのではなく、それを利用して魅力が生まれるように発想を転換する。ソフトとハードを融合させることによりイノベーションを生み出したい。すべての思いを込めて、「1000年集合住宅」を提案します。

住み継げるいえとまち

京都大学大学院 工学研究科 教授 高田 光雄 氏

第二次世界大戦前の京都の8割が借家で2割が持家、その持家も代々住み継いでいくのが当たり前でした。戦後、住宅の物理的寿命に対して社会的寿命が極端に短くなり、住宅のスクラップ&ビルドが進みました。今日、環境保全や文化継承の視点から、「住み継ぐ」という住まい方の再評価が求められています。親から子、子から孫への住み継ぎだけでなく、赤の他人への住み継ぎも考えなければなりません。「住み継げるいえ」は、修理やリフォームを重ねながら長期間使用できるとともに、最初の住まい手だけでなく住み継いだ人にとっても価値ある住宅でなければなりません。

住み継げるいえの価値を「使用価値」と「資産価値」に分けて考えてみましょう。使用価値は、一般には「住み心地」と呼ばれます。これは、住宅が住まい手に提供するサービスの水準で、住宅性能で計ります。しかし、住宅の使用価値は、住宅性能だけでは決まらない。既存の京町家などでは、住まい手は一方的にサービスを享受するのではなく、住みこなしによって使用価値を高めています。住まい手が住まいに働きかけ、住まいが住まい手に働きかけるところに満足、つまり「住みごたえ」が生まれます。住み継げるいえには、住み心地だけでなく住みごたえが必要です。

一方、資産価値は他者にとっての価値ということができます。市場を通じて住宅を住み継いでいく人にとっての価値と、近隣に住む人にとっての価値を考えることが重要です。後者は「まちの価値」につながり、それがまた「いえの価値」に跳ね返ります。これについても、いえとまちの相互の関係によって成り立っている京町家から学ぶところがたくさんあります。住み継げるいえは「住み継げるまち」と一体なのです。

ところで、近年、環境・エネルギー問題への関心が高まり、住宅分野でもさまざまな環境配慮技術が提案されています。しかし安易なエコ住宅は地域の居住文化を破壊する恐れがあります。吉田兼好の徒然草を引くまでもなく、京都の住宅は夏を旨としてつくられてきました。既存の京町家にはそのための工夫が詰まっています。建物の内と外の関係はその重要ポイントです。しかも、町家は、連担することによって、まちとしての環境を整え、使用価値と資産価値を高めてきたのです。小さな坪庭も、連担すれば帯状の風の道ができる。もっとも、町家は、冬は寒く、エアコンを使う場合は冷暖房の効率が悪い。だからといって、分厚い外壁で囲まれた魔法瓶のような構造をもつ北欧の住宅をそのまま持ち込めばいいということにはなりません。夏、蒸し暑い京都では、既存の京町家のように、何よりも風通しを重視した上で、断熱性を考慮した複数の建具の開け閉めによって温熱環境を調整するのが望ましいと思います。衣服でいえば、厚いコートを着るより重ね着で暑さ、寒さをしのぐ、というよりも楽しむのです。建物と庭がセットで家ができると考え、多様な内と外の関係を実現します。内と外をつなぐ空間を「環境調整空間」と呼びたいと思います。その使いこなしに居住文化が蓄積されてきたのです。これが、地域型環境配慮住宅としての「平成の京町家」につながっています。

 

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