関西発のスケルトン定借 塚口コーポラティブハウス
35年目に建物買い取り 異例の権利金方式採用
スケルトン住宅と、定期借地権、住民共同参加の建設組合方式(コーポラティブ)を組合わせた「スケルトン定借」による関西初の共同住宅「塚口コーポラティブハウス」が竣工した。事業コーディネートは神戸市の設計事務所、キューブ(天宅毅社長)。 六十年間の期間を設定し三十五年目に建物譲渡特約によって地主がスケルトン部分を買い取る。建設費は入居者の購入資金で賄うほか、三十五年目の買い取り費用もその後の賃料収入と相殺するので、地主は投資ゼロで土地活用ができるうえ、入居者は自由設計に近い住宅を低価格で取得できる。同事業では一階に店舗床を配置、これを地主がゼロ負担で取得、賃料収益を確保できるよう、権利金を活用した等価交換方式を初めて採用した。
地主、負担ゼロで土地活用
「塚口コーポラティブハウス」は、鉄筋コンクリート造地上六階建て、延べ床面積千三百九十八u(うち専有部分面積九百十一u)、一階部分に店舗(二百四十二u)、二階以上に住戸十一戸(専有面積六十九・五―九十九・九u)を配置。充実した維持管理の実行を想定して容易に更新できる設備・配管を投入した。
長期耐用を見込んで外壁や屋根などの仕上げには、構造躯体を保護しメンテナンスの容易な高断熱アルミパネルを使用したほ か、バリアフリーの徹底や、住戸内間取りの可変性を確保するため柱と梁で構成する純ラーメン構造を採用。道路に沿って植栽を設けるなど外観も周囲の街並みとの融合に配慮している。
尼崎市塚口地区(塚口南町三丁目、阪急神戸線塚口駅徒歩四分)の六百五十七uの土地で、昨年二月にコーポラティブ参加者で設立した建設組合が事業主体となって着工、今年六月に竣工し入居を開始した。設計と総合コーディネートはコンサルタント会社のキューブ、施工と完成後の管理会社として建設組合が中堅ゼネコンの不動建設、KBSシラカワ(同)をそれぞれ選定した。
全期間はスケルトン定借の公式通り六十年で、建物譲渡特約は住宅ローン(住宅金融公庫融資)返済期間の関係から三十五年目に設定、その時点で特約に基づき地主が建物を買い取るかどうかを選択する。買い取った場合、六十年目までを賃貸住宅として運用、入居者はそのまま低家賃で居住できる。
この間入居者は地代(月額約二万円。三十五年目以降は賃料)とともに、修繕積立金を管理組合を通じて積み立て、計画的な建物維持管理を行い、建物の資産価値の劣化を防ぐ。スケルトンのインフィルは最初にたたき台となる計画をキューブがコーポラティブ参加者に提案、参加者各自と設計を詰め、比較的短時間で入居者が満足できる住まいづくりを行った。
スケルトン定借をまちづくりに活用するため、住宅金融公庫大阪支店が一昨年に地主向けのセミナーを開催、スケルトン定借での土地活用を行いたい地主を募ったことが事業の発端。公庫主導で発足した「大阪まちづくり研究会」(昨年四月から「スケルトン定借普及センター関西支部」に発展)に参加していたキューブなど三社グループが、九八年夏に地主に対して事業化に向けた公開コンペを実施、地主がそれぞれの提案の中からキューブ案を選択して事業化した。
参加者(入居者)は、折り込みチラシや公庫のセミナー来場者向けDMなどで募集、百件を超える問い合わせの中から、複雑なスケルトン定借を十分に理解・納得した人に絞り組合を設立、参加者は住戸取得費として、@組合設立時に予定価格の八%A建築確認提出時に同二%B着工時に同十%C竣工時(公庫融資実行時)に残り八〇%―を拠出している。
低コストで住宅取得 つくば方式
スケルトン定借は、定期借地権の一種である建物譲渡特約付き借地権、住民共同参加の建設組合方式(コーポラティブ)を活用しながら、百年間の長期耐用が可能で住戸内部(インフィル)を入居者が自由設計できるスケルトン(骨組み)方式による集合住宅を建設する方式で、定借のメリットを生かして住宅を低価格で供給できる一方、良質なストック形成を促進する手法。建設省建築研究所などが中心になって開発、一九九六年に茨城県つくば市で第一号が完成したことから「つくば方式」とも呼ばれている。
最大の特徴は全期間を六十年と設定したうえで、建物譲渡特約に基づいて三十年目に地主が建物を買い取り、残り期間を賃貸 住宅として借家経営するか、そのまま借地として経営するか選択できるようにした点。入居者は住戸を購入してから当初三十年間は、通常の定借住宅と同様、購 入ローンのほかに地主へ地代を支払うが、地主が建物を買い取ると借家契約に切り替わり、入居者は残りの期間、地主(建物オーナー)に家賃を支払う。
建設省によると、一般の定借と異なり借地期間満了時の建物取り壊しを前提としないため取り壊しコストを必要とせず、割高 になりがちなスケルトン住宅の建設費を拠出しても低負担で満足できる住宅を取得できるうえ、三十年後以降は、地主の建物買い取り価格と入居者家賃を毎月相 殺する「家賃相殺契約」を締結するので、借家に移行しても月々の賃料は通常の賃貸マンションより割安になるし、その時点で住宅ローンは終了しているので実 際の入居者負担は大きく軽減されるという。
全入居者が事前に集まってから事業化するコーポラティブ方式のため、空室懸念と要った経営リスクがないうえ、入居者が建 設するので地主の初期投資は必要ではなく、三十年後に買い取りを選択した場合でも、家賃相殺契約によって実際には買い取り費用は発生せず、全期間にわたっ て持ち出しゼロで土地経営ができる。建物買い取り時点ではローン終了で抵当権などが解消、権利関係が一本化されるため大規模修繕などでの住民合意も不要 で、計画的な維持管理計画によって建物価値の劣化も抑えることが可能だ。
等価交換で店舗床取得 地主の収益性、最大限に追及
焦点
スケルトン定借による関西初の事業化となった「塚口コーポラティブハウス」について、コンサルタント会社として主導的役割を果たしたキューブの天宅毅社長は事業の大きなポイントとして、地主の収益性をいかに高めるかを目指す計画づくりを行った点をあげる。その背景として同氏は、「地主が土地活用に消極的になっている」ことを指摘する。一般的な定借はマンションを含め「収益性が低い」うえ、「土地は一度貸せば 返ってこないという意識がまだまだ根強い」という。特に阪神間では旧借地借家法に基づく借地権が底地権より「いつの間にか強くなっていたことが阪神大震災で一気に顕在化、そのことに地主が気づいた」。
その上、借地期間満了時の建物取り壊しを前提とする定借マンションでは、入居者の建物維持管理意識が希薄になりやすく、地主の懸念材料として「早い段階でのスラム化を招くおそれが強く、そうなれば不法占拠も発生しやすく、取り壊し時期に占拠者を追い出せなくなる」(天宅社長)こともあるほか、今年いっぱいで期限切れとなるはずだった更地への宅地並み課税の震災特例(特例廃止による更地課税化で固定資産税増額)が向こう五年延長されたという特殊要因も地主の土地活用意欲を低下させているという。
同社はこのため、通常の定借では一時金として保証金を徴収するところを権利金方式(地上権への対価)としたうえで、一階店舗床部分について「定借の等価交換、つまり定借の立体買い替え手法を用いた」(天宅社長)。 所有権の等価交換は普及しているが、天宅社長によると、地主にとっては交換を行った時点は等価だが、時間の経過に従って減価するのが難点。マンションなどで地主が等価交換によって土地と専有部分を交換しても、地主は一区分所有者になるだけで、建物も時間の経過とともに償却し、いつのまにか地主が保有していた資産が消失する。しかし地主が床を保有しながら、最終的に建物すべてが自己所有になるスケルトン定借での等価交換なら 「逆に価値は増大する」という。 ただし、権利金は返還義務のある保証金と違って課税対象になる。地主が受け取る権利金の総額が、@土地の評価額の二分の一以下ならば税務上、賃料収入と同じ不動産所得扱いA二分の一超ならば譲渡所得課税の対象―になる。定借事業では保証金が一般的なのはこのためだ。 仮に、年収五百万円の地主が定借で権利金を計二千万円取得すれば、その年の収入は二千五百万円となり所得課税は五〇%の最高税率が適用、実際に手元に残るのは千二百五十万円となる。権利金収入がなければ一〇%課税ですみ、手元に四百五十万円残っていたので、この場合の一時金収入は差し引き八百万円ということになる。しかし、保証金は返還しなければならないうえ、低金利が続いている現状では運用先も少なく、土地の固定化に対する地主の見返りとしては余りにも少ない。キューブは、@コーポラティブを採用しているためデベロッパー利益(分譲益)を基本的に考えずにすむため土地評価を高めに設定でき二分の一を超える権利金設定を行っても価格的に十分市場性にあう商品企画が可能A譲渡所得をその土地に建てる建物の床取得に使った場合、通常の等価交換と同様に課税の繰り延べ対象になる―ことに着目。 土地評価の五割を超える権利金の設定をしながら、一戸当たり価格を権利金と税込みで二千六百八万―三千八百九十七万円に抑制、価格面での市場性を押し出すとともに、権利金(譲渡所得)を一階店舗床の取得費用に充当、課税の繰り延べを適用できるようにした。つまり地主は権利金によって、費用ゼロ・無税で店舗床を取得したうえ、その店舗を商業物件として賃貸に回し、賃料収入も見込めるようになったわけだ。 このケースでは地主の子息が勤務医のため、医療床として賃借し開業する。天宅社長によると、周辺相場を参考にすれば店舗賃料は月額70万円で、地代十一戸分約二十二万円を合わせると九十万円強もの案定収入が毎月あるといい、「定借だけでこれだけの収益を確保するのはまず無理」だとしている。 天宅社長はさらにスケルトン定借の最大の利点として「解体・更地化を基本的に前提としていない」点をあげ、「現時点で区分所有の問題点を解消できる唯一の手法だ」と強調する。 阪神大震災では倒壊したマンションを建て替えるのに、住民の五分の四の合意が得られず難航した例が多々あったことからも区分所有の限界が露呈された。このため同氏は、区分所有の大きな問題として、大規模修繕や建て替えに住民の合意の形成が必要なことを指摘する。 しかし修繕ができなければ商品としての流通性が低下、住み替えのための売却も難しくなり自然と賃貸比率が高まるし、そうなれば、住民のメンテ意識は一層ダウン、修繕への合意形成はさらに困難になるなど、悪循環に陥る。マンションのスラム化とコミュニティの崩壊を招き、結局建物の寿命を縮めてしまう可能性が強まるわけだ。優良ストックの形成が政策的にも大きな潮流になる中、合意形成を前提とする区分所有は「最初から矛盾しているシステム」(天宅社長)といっても過言ではない。 同氏はさらに、「借地期間満了時での解体・更地化を前提とする定借マンションが区分所有に取って変わるのか」と疑問を投げかける。鉄筋コンクリート造の建物を取り壊すのは、ストック形成による都市づくりに、当初から綿密な維持管理計画を立て、入居者は毎月修繕積立金を積んで計画に沿って修繕を行うことになっている。建物の買い取り価格はその後の賃料と相殺するので、もし修繕が計画に比べ不十分であれば、建物買い取り価格が低下、三十年後以降の賃料が上がり入居者負担が増える。 「修繕費を積み立てているのだから、きちんとした管理をする方が得」というインセンティブが入居者に働くうえ、修繕積立金は建物買い取り後の維持管理費用として地主が承継。六十年後に通常の賃貸マンションになった際、施設が老朽化していれば、賃料収益にハネ返るので地主にも維持管理のインセンティブが働く。建物の資産価値を劣化させないメンテナンスシステムが用意されているわけだ。 買い取り後に大規模修繕が必要な場合でも、スケルトンの所有権は地主に移っているので地主一人の判断で実行できるし、給排水管などの設備関係の更新を当初から想定しているので大規模修繕自体のコストも抑制できる。 「塚口」の場合は、入居者は最初に修繕維持積立基金として、一u当たり四千円を拠出、入居後は月額同百十円を積み立てていく。専有面積八十uなら当初に三十二万円、月額八千八百円を積み立てれば、三十五年間の修繕費用はすべて賄える計画。通常のマンション(公庫優良分譲)では一般的に月額六千円程度を積み立てるが、三十年後の大規模修繕費としてはまったく足りず、「この倍は必要」だという。
入居者負担は積立金以外に地代、管理費(一u当たり九十七円)、固定資産税、ローンがあるが、八十uの場合ローンを除いて月額計約四万円となる。三十五年後に地主が買い取った場合もきちんとした修繕を行っていれば賃料として同額を支払うだけですむ。
天宅社長は、「スケルトン定借は区分所有の限界を乗り越えるスキームを内在する」としたうえで、「コミュニティと建物維持が長期にわたって可能のため、通常の区分所有建物より利用価値が高い。地価の安い場所では定借の事業性は低いが、利用価値の高まるスケルトン定借は地価に関係なく事業化できる」と可能性を指摘している。