SI定借に木造テラス一団地認定 年16%の土地に 「京都宇多野コーポラティブハウス」
世界遺産・仁和寺に隣接する京都まちなか・宇多野地区の閑静な高級住宅街にあった放置期間10年ものひとかたまりの土地が優良住宅地に変貌した。所有者は種々の理由から何とか価値のある資産として子供に承継させたがっていたが、荒れ放題の状態、そして特にその土地のいびつな形状から誰も手を出しかねていた。が、それが再生する。手掛けたのはコーポラティブに実績のある都市コーディネーター、キューブ(神戸市、天宅毅社長)。様々な手法を用いて年16%に近い利回りの上がる土地に仕立てた。プロジェクト名は「京都宇多野コーポラティブハウス」。土地活用という側面だけでなく、土地の状態を逆に生かした自然との共生、まちなみの継承、集合住宅問題への挑戦といった要素が織り重なる多面的な事業になった。土地は、やり方次第で蘇る。
画期的な”挑戦” キューブ
「京都宇多野コーポラティブハウス」事業は、スケルトン・インフィル(SI)住宅と定期借地権、コーポラティブを融合させた「スケルトン定借」を軸に、建築基準法86条の「一団地認定制度」、木造テラスハウスを組み合わせた土地活用・優良住宅供給事業。「京都方式」として国の第1回長期優良住宅先導的モデル事業(現長期優良住宅先導事業。評価委員会委員長、巽和夫京大名誉教授)に採択された。
極端な旗竿地(「竿」部分の延長約36m、幅3.6m)なうえ、竿の先にまとまってある敷地内には最大2m超もの高低差があり、10年の放置の末、雑木林化していたことなどから、「単体では再利用は不可能に近い」とされていた元お屋敷跡地を再生させることに成功したプロジェクトで、コーディネートしたキューブは、2000年に関西で初めてスケルトン定借を尼崎市塚口で導入している。
対象地は、京都市内でも高級住宅地としてブランド力のある右京区宇多野福王子エリアの約1410u。住棟計画は、木造(一部鉄骨鉄筋コンクリート造)地上2―3階、地下1階建て、A棟3戸、B棟2戸、C棟2戸、D棟6戸の4棟建て計13戸。うちA―C棟が定借分譲、D棟が賃貸住宅。複数棟を1棟の建築物とみなす一団地認定によって住棟の分散配置を実現した。賃貸向け駐車場5区画も確保。「竿」部分をアプローチ化、36mもの延長を逆利用し隣接住宅から街区としての独立性を保てるように利用した。
住戸当たり延べ床面積は、@定借分譲部分が約82〜100uA賃貸住戸部分が約30u―で、4棟合わせた延べ床面積は焼く970u。事業家資金は、定借住戸はコーポラティブ参加者、賃貸を土地所有者が拠出する。定借分譲については通常、権利金方式などが用いられるがこの場合、借地権料として前払い地代3500万円、月額地代を14万円に設定、住戸取得価格を2300万円-2800万円とした。
賃貸部分については、大学などが周辺に点在していることなども考慮、住戸内にロフトを配置するなどの変化を持たせたうえで、主に単身者入居を想定し、家賃を月額5.5万円程度に設定。建設費充当分として土地所有者は2500万円を拠出した。
定借分譲の価格が高いか安いかについては、当然ながらそれぞれのケースによって議論されるべき問題であるが、このケースでは様々な要素を折り重ねることによって、定借の最大のメリットである価格訴求力を十分に持たせることにも成功している。
第1が、インフィルの柔軟性。RC(鉄筋コンクリート)造集合住宅を想定した通常のスケルトン定借では入居者によるインフィル部分の設計自由度は横方向だけの平面に限定されるが、テラスハウスの特性を生かし自由インフィルを重層的に提供、縦方向への設計自由度を打ち出し、可変性も柔軟化させた。
さらに、一団地認定による木造テラスハウスの投入。これが2点目だ。高低差の大きい土地を再造成せず、建築費が巨額になるRC造を避けながら事業費を抑制する一方、住戸を一定数以上用意し収益性を確保しなければならないという、土地活用上のいわば”苦肉の策”とも言えなくはないが、これが功を奏した。
土地をいじらないので、従前から存在する自然環境をそのまま活用、高低差と樹木の色彩が景観に変化を持たせているうえ、住棟の分散配置で敷地中央部に緑に囲まれたコモンスペース(共用空間)も設けることができた。
木造による施工の容易性と温もり感も生かせる。外観も画一的に陥りがちなRC造の造形の限界を打破、京都の街並みを意識した「新・京町家」のイメージを創出することもできた。なによりも接地型による居住のしやすさと外部からの配管・配線、上下水道の引き込みなどインフラ対応力を向上できた点も大きい。
経年劣化への対応についても、住宅性能表示制度を最大限に活用。維持管理や可変性、耐震性など長期優良住宅認定に求められる基準をことごとくクリアする一方、粗悪な供給しか例を見なかったこれまでのテラスハウスのイメージ払しょくも具体化した。30年目以降、建物が良質な状態で土地所有者に継承されることを基本前提とする「スケルトン定借の公式」にも十分見合っている。長期優良住宅先導的モデル事業でわずか4件にとどまった共同住宅部門での採択物件の1つに選ばれたのも、こうした点が評価されたからだ。
キューブはこれらの要素を前提に団地・住戸計画コンセプトについてサスティナビリティ(持続可能性)の高い「環境共生住宅」とし、@長期優良住宅による環境負荷の少ない建築による「ロー・インパクト」A敷地の自然環境ストックを生かす一方、「新・京町家」による伝統的街並みにも配慮し先導できる景観形成などの「ハイ・コンタクト」B木のよさを生かした健康住宅づくりとインフィル自由設計による居住ストレスの解消といった「ヘルス&アメニティ」―の3点を打ち出した。
まちなかの高級住宅地内立地であるうえ、こうしたコンセプトで希少性も生み出し、定借のメリットの1つである価格訴求性も十分高めた。事業(建築)主体となるコーポラティブ組合参加者(入居者)も募集開始後すぐに集まり、コーポラティブの利点である購入者の事前確保による事業の安定性も担保できた。
土地は結局、6戸の家賃収入だけで、賃貸住宅建設費充当分に対して年15.8%の利回りを稼ぎ、そのうえ定借部分の地代収入もある優良資産として蘇った。
このケースではなにより、サスティナビリティの具体化と、スケルトン定借に接地型の木造テラスハウス方式を持ち込み、スケルトン定借そのものの可能性を広げた点が大きい。
同時に、テラスハウスの再評価を通じた都市部での新たな住宅供給のあり方、「新・京町家」づくりを意識した景観形成=まちなみの継承という、「点としての団地」づくり、それらが集まることによる都市づくりの方向性の1つを示した事業だといえる。
「京都宇多野」事業について、スケルトン定借を考案した小林秀樹千葉大学教授に聞いた
「木造接地」導入は正解
「定期借地権は事業化地域の地価が高ければ割安感が出て事業としては成立しやすい側面がある。スケルトン定借の場合、スケルトン・インフィル(SI)にするがゆえに建築コストが割高になるので、通常の定借に比べて事業化メリットが地価に左右されやすい。建築コストを下げることが課題であり、その手段として木造によるSI住宅の導入が議論されていた」
「今回の『宇多野』事業はその具体例であり、しかも長期優良住宅認定を得た低層接地型の木造SI住宅。地主・購入者双方にとっても選択肢が広がるので評価でき、その点に大きなポイントがある。施工もしやすくコストも抑えられる低層木造テラスハウスの導入は正解だろう。縦方向に空間利用ができるので、戸当たり面積を広く取ることができ割安感が出せた。スケルトン定借の可能性がさらに広まったし、木造接地方式が普及する可能性は十分ある」
国の長期優良住宅先導的モデル事業にも採択されたプロジェクトで、どんな土地も提案次第で蘇ることを示した好事例であるとともに、地所の持つ可能性の大きさをも改めて示す事業として今後さらに注目を集めそうだ。