関西初のスケルトン定借「塚口コーポラティブハウス」
株式会社キューブ
代表取締役 天宅 毅
1. はじめに
阪神・淡路大震災は、私達が常識と考えていたものがいかに曖昧な根拠の上に成立しているかということを顕在化させました。しかし、震災から6年経ち、阪神間の町並みに平静時の装いが戻るに従い様々な記憶も薄れつつあります。実際のところ復興の中で私達が得た教訓もあまり生かされていないというのが実感です。今回、スケルトン定借事業を具体的に進める中で、忘れられつつある様々な本質的な問題点を解決する可能性を見出す事が出来たように感じており、その事を中心にご紹介したいと思います。
2. 事業展開
「大阪まちづくり研究会」(現在はスケルトン定借普及センター関西支部がその活動を承継)で公開コンペが行われ、本事業が選定され事業化することになりました。本計画地の所有者は個人ですが、ご子息が医院を開業される予定があり、それを加味したプランの提案がコンペで求められました。キューブはそのコンペにおいて、おそらくほとんど前例の無い「定期借地における等価交換」を盛りこんだ提案を行い選定されました。
3. 定期借地における等価交換
土地所有者が定期借地権の設定の対価として受け取る権利金の額は通常、土地価額の2割から3割程度が相場だと考えられています。権利金を受け取った場合の土地所有者の課税関係は、権利金の額が土地価額の1/2以下の場合には不動産所得として課税され、土地価額の1/2を超える場合には譲渡所得として課税されます。ですから受け取る権利金の額が通常の相場金額であれば、不動産所得として総合課税されます。
等価交換とは土地等(借地権、定期借地権を含む)を譲渡し、その上に建築された一定の要件に該当する中高層の建物を取得し、事業の用若しくは居住の用に供すると課税が繰り延べになるという立体買換えの特例を適用することをいいます。
今回採用した「定期借地における等価交換」とはこれら2つを組み合わせ、土地所有者が定期借地の設定の対価として土地価額の1/2を超える権利金を受け取り、譲渡所得として課税される場合には等価交換が利用できるという考えに基づいています。ほとんど前例の無い手法を採用するにあたり、顧問の友弘正人会計士事務所や不動産鑑定士、税務署と相談しながら事業を進めました。本事業では土地所有者は約240uの診療所のスケルトンを負担ゼロで取得しています。
1/2を超える権利金にすることで事業費が高くなる事が懸念されますが、阪神間でも阪急塚口駅徒歩4分という最高の立地条件に加え、コーポラティブ方式で事業者利益の削減により価格を押さえることが出来、自由設計ということで十分競争力を持つ事ができるだろうと考えました。結果的には約3ヶ月で11世帯の参加者が集まりました。
4. スケルトン定借について
実際に参加者を募集する上では正直な所非常に苦労しましたが、逆にその事がスケルトン定借の持つ本質的な意味を考察するとともに、コーポラティブ方式で進めていく行く上で必要な組合運営方法を事前に十分検討する事につながり、本事業が成功する上で大きな要因となりました。
募集をしていく上で、まず最初はスケルトン定借について従来と同様に安さと自由設計を中心に説明を行っていたのですが、借地期間途中におけるスケルトン買取りの意味をきっちりと説明しなかった為、スケルトン定借は単に30年間の定期借地権に過ぎず一般定期借地権に比較してもより限定された権利であると言う誤解を生む事に繋がりました。おそらく、不動産関係者の中にもこの様に理解されている方も少なくないのではないかと思います。そこで以下のような説明を行ったところ、震災で区分所有権の持つ宿命を実感していた方々に深い理解を持って受けとめられ、短期間で全参加者を決定する事ができました。
スケルトン定借は永住型のマンションを実現するために、建築的な側面のみならず権利的な側面まで統括してシステム化した画期的な住宅供給手法だと思います。これを理解する為には、将来において一般の分譲マンションが直面する避けられない問題を踏まえておく必要があります。
一般に供給されている分譲マンションの購入者は建物は永続的な物と当然の事としてイメージしていると思います。しかし、当初にいかにメンテナンスに考慮した設計を行なおうと、また住民が十分なメンテナンスを行なっていようと、約30年以上経てばエレベーターや機械式駐車場等機械設備類の更新や配管等の更新といった大規模修繕は必ず必要となります。この大規模修繕を実施する為には戸当たり数百万円の費用と、これに対する区分所有者の合意形成が必要となります。ところが阪神・淡路大震災で被災したマンションの再建でも明らかになったように、共同住宅に生活する入居者の状況は様々で、同一の方向に入居者の合意を得る事は現実的には非常に困難です。また、築20年を超えると(住宅金融公庫等金融機関の融資基準から)中古マンションとしての流通性が低くなる為賃貸比率が高くなり、この事がさらに合意形成を困難にしています。
また、現在供給されているマンションでは、将来必要な排水管等設備配管の更新等について充分に考慮していないものもあるようです。そのような場合は、大規模修繕が技術的に困難となり、建替えの検討もせざるを得ません。建替えは全員合意が前提となりますので、合意形成はさらに極めて困難です。今でも多くの老朽化集合住宅で建替え・補修をめぐる紛争が起こっている状況です。結局、大規模修繕をする事も建替えをする事も非常に困難となり、この場合そのまま放置されスラム化が進むような状況に陥ります。入居者はまさかローンも払い終わるか終わらない内にそのような状況になるとは夢にも考えていないと思いますが、こ れが実際に起こりつつある現実です。このように、将来において必ず迎える状況に対して、現実的に得る事が困難な合意形成を前提とした建替えや大規模修繕しか対処方法を持たないのがマンションの現実であると言えます。また、一般に供給されている一般定期借地権マンションでは最終的には解体し更地にして返還するため、借地期間満了時までの継続した十分な修繕維持を望むことはさらに困難で、将来的なスラム化が危惧されているのはご承知の通りです。
スケルトン定借はこれらの問題を解決するために現在考えられる中で有効な一つの方法論だと思います。スケルトン定借では約30年後(塚口コーポラティブハウスでは35年後)の建物買取り価格に修繕状況を反映させる契約を地主と入居者が個別に締結します。その結果、もし修繕状況が十分でなかった場合には買取り価格が安くなりますから、買い取った後不足費用を補填して地主が修繕を行なえばよい事になります。また十分な修繕状況であれば地主の買取り価格は高くなりますが、地主は当面は修繕をする必要が無い事になります。買取り価格は買取り後の入居者の家賃と相殺されるので、買取価格の高い人(すなわち修繕費用をきっちりと支払っていた人)は買取り後の家賃が安くなる(家賃=地代相当額+管理費相当額+修繕維持積立金相当額+税金相当額)し、買取価格の安い人(すなわち修繕維持費用をきっちりと支払ってこなかった人)は買取り後の家賃がその分高くなるようにシステム化されています。この様に入居者が十分に修繕を行なう事がインセンティブとして、修繕を怠る事がペナルティーとして機能する事で、合意形成を必要とせずに建物の修繕維持が確実に為され、60年間良好な状態のマンションに地代並みの低いコストで住みつづける事が可能となるわけです。また、たとえ良好な管理水準を維持しつづけたとしてもいつかは建物の耐用年数が訪れます。スケルトン定借ではそれまでに建物の権利が土地所有者に一本化されるので最終段階での意思決定も確実に行う事ができます。このようにスケルトン定借は、区分所有権の限界を乗り越えるために非常に有効なシステムだと思います。
一方、土地所有者側から見てもスケルトン定借は一般定期借地権で危惧されている土地の返還を確実にするというメリットがあります。一般定期借地権では借地期間終了時における更地返還が基本とされていますが、その前提として退出、解体がなされなければなりません。これが確実になされなければ土地の返還は困難になります。スケルトン定借では途中で借地権から借家権への返還を行ないますので入居者の権利を段階的に低減しています。その上、60年後以後も賃貸マンションになるため継続して居住を希望する入居者を退出させる事が不要です。このようにスケルトン定借は土地所有者にとって、より確実に土地を戻す方法でもあると思います。そして、このことが結果として良好なストックの集積、そして良好な都市環境形成に繋がっていくと思います。
以上の様に、スケルトン定借は長期にわたり安定して高水準の管理状況の建物で住み続けたい入居者、安心して安定した土地活用を行いたい土地所有者双方に とって非常にメリットの大きい事業手法であると思います。ところが今までのスケルトン定借事業がすべてコーポラティブ方式で事業化されたため、その本質が見えにくくなっています。このような観点から見れば、スケルトン定借は必ずしもコーポラティブ方式である必要はなく(供給時点で設計に自由度がある事すら必要条件ではない)、むしろディベロッパーによる一般定借分譲で採用される事でその本質が認知されるのではないかと思います。スケルトン定借は合意形成に対する徹底した諦念と絶望の上に構築された区分所有権の限界を乗り越える可能性と方法を提示する非常にクールなシステムであるのにかかわらず、事業運営を建設組合員の合意形成に依存するコーポラティブ方式と一体で語られてきた事で可能性が隠蔽され、本格的な普及が妨げられているような気がします。きっちり と分けてスケルトン定借の持つ本質的な可能性とその意味をもっと伝えていく必要があるように思います。
5. 設計の概要
設計を行うに当たり、本当に建物が長持ちするために必要な事を追求し具体化することが、スケルトン定借の持つ可能性を最大限に引出す事であると考え、以下の様な配慮を行いました。
5-1 構造計画概要
構造計画上、長寿命、高耐久性、高耐震性をめざして以下の様な措置を採用しています。
5-1-1.「鉄筋コンクリート造建築物の耐久設計・施工指針」に準拠
耐用年数区分 I級(計画耐用年数100年)
5-1-2.高耐震割増融資基準準拠
設計用地震力を1.1倍とする(Co=0.2×1.1=0.22)
5-1-3.部材(柱、大梁)の耐震性向上対策
先の阪神大震災でみられた繰り返し過大地震入力(レベル2を上まわるレベル3相当)に対し塑性ヒンジ域(柱頭、柱脚各々1D間)のコンクリートを保護し、十分な変形能力(靱性)を得られる様、次の様な配筋方法を用いた。
I)フープ、スターラップに圧接閉鎖型筋を用いる。
Ii) 柱フープについては各階共柱頭1D、柱脚1Dの範囲内はコンファインド拘束筋を入れる(ピッチ@50)
Iii) パネルゾーンはフープとしてD16@100とし圧接閉鎖型筋を用いる
5-2 躯体保護の考え方
耐久性の高い建物にする為には、構造上の配慮だけでなく、躯体をできるだけ保護する仕上げを選定する事が効果的であると考えました。
「塚口コーポラティブハウス」では、灼熱の太陽や風雨等過酷な状況にさらされる屋根のみならず上層階の外壁仕上げを断熱性能の高いアルミパネル仕上げとし、躯体外部で防水及び断熱を行いました。この事で躯体に対する直接的な雨や熱の影響を少しでも低減する事を期待しています。また、バルコニー等の防水はFRP防水とし、ノンスリップシートを貼る等の配慮を行っています。
また、住戸内で発生する炭酸ガスによるコンクリートの中性化を少しでも防ぐため、外部で断熱している部分も含め、住戸内のコンクリート打ち放しは禁止とし、外壁内部はGL仕上げとしました。
5-3 設備更新の考え方について
従来の集合住宅では、インフィル部分の老朽化に合わせて、スケルトン部分も壊されてしまい、建物として長持ちしないところに大きな問題がありました。これをクリアする方法としてスケルトン住宅では次の2つの方法が提唱されています。
@ 共用の部分と専用の部分が空間として分離
A リフォームや維持管理がしやすいように建物の区分を整理
「塚口コーポラティブハウス」ではこの概念を具体的に展開するにあたり、新製品や新規手法よりも現時点で評価の確立した手法を出来る限り用い、将来における技術革新に対応できる順応性を最大限確保することを目標としました。
最も大きな特徴として本物件では専用部分内にあえて共用竪排水管を設けており、無理に共用竪排水管を共用部に設ける事で長い横引排水管が発生する事を、積極的に避けています。現時点では横引排水管を極力短くすることが一般的でありメンテナンス上合理的であると考えられています。専有部分内に共用竪排水管が入り込めばスケルトン住宅の形態としてはむしろ退行するものの、既存技術を用いて更新性と順応性を確保すれば建物を長持ちさせるという目的により近づくと考えました。今回、配管の更新施工要領を計画と平行して作成し、これを基に長期修繕計画を組み立てています。
コーポラティブハウスの事業主である建設組合は個人の集合体であり、一般分譲マンションにおけるディベロッパーのような責任の主体が存在しません。スケル トン住宅を具体化する為に用いた新規手法に将来重大な欠陥が見つかり、その事が結果として建物の寿命を縮めても、その責を問う事は困難です。コーディネー ター及び設計者として、今回採用した方法がこのようなユーザーのリスクを最大限保全した上でスケルトン住宅の概念を具体化し、本当に長持ちする建物をつくる一つの方法であると考えました。
6. 建設組合の経過
本事業では、予めコーディネーターで考え方を示し、事前に組合員から意見を吸い上げそれを踏まえたコーディネーターの提案に対して建設組合集会の場で協議のうえ採決する方法を取っていることで、組合集会の回数を非常に少なくしています。このようにする為にコーディネーターは議題の出し方や個々の意見に対する考え方の整理等、集会における提案がその場で組合員全員の納得する状況になるように準備を十分に行いました。結果として組合員の意見が反映され、かつ組合員の負担の少ない進捗ができたと考えています。
平成11年2月6日 建設組合設立準備集会 ・ 参加者の紹介
・ スケジュールの説明
・ 各種契約書の説明
・ 理事の選出
・ 建設組合結成の案内
・ 出資金の案内
・ 事業費の精算方法の説明
・ 公庫申込手続きの案内
平成11年2月21日 建設組合設立集会 ・ 契約書の変更ヶ所の説明
・ 各種契約書の記名、押印
・ 組合結成の宣言
平成11年7月10日 第3回建設組合集会 ・ スケジュールの説明
・ 登記の流れの説明
・ 契約書及び約款の説明
・ 出納の報告
平成11年8月21日 地鎮祭
平成12年10月23日 第4回建設組合集会 ・ 工事報告
・ 事業収支及び出納の報告
・ 引越しの案内
・ 工事請負契約の締結
・ 定期借地契約の締結
平成12年4月2日 第5回建設組合集会 ・ 工事報告
・ 出納の報告
・ 管理会社選定
・ マンション名決定
平成12年5月14日 第6回建設組合集会 ・ 工事について
・ 引越しについて
・ 出資金について
・ 収支及び精算について
・ スケジュールの報告
・ 管理について
・ 登記について
平成12年6月3日 管理組合設立集会
平成12年10月22日 建設組合解散集会 ・決算報告と清算
・組合解散の宣言
7. 管理及び長期修繕計画の考え方
本事業ではコンペ時の提案に基づき管理会社に日常の業務を委託しています。管理会社という第3者の専門家を管理運営に関与させる事で、円滑な管理運営と良好なコミュニティー形成がなされることを期待しています。管理会社の選定は想定仕様を基に3社が提案、建設組合集会でプレゼンテーションを行い組合員の投票により決定しました。
<想定仕様>
・ 巡回管理(巡回管理による巡視)
・ 日常清掃(週2回程度、可燃ごみの収集にあわせ2時間程度)
・ 定期清掃(2~3ヶ月に1回程度)
・ 各種設備機器点検(給排水設備、消防設備等)
・ 事務的業務(地代徴収、会計業務代行、管理組合運営補助等)
・ 24時間緊急対応業務
管理会社決定後、管理会社と打ち合わせを進め、管理規約・長期修繕計画を策定し建設組合集会で決定しました。修繕維持費を出来るだけ押さえる為、修繕時に足場を組む必要が出来るだけ発生しない建築計画とし、また外部に鉄部材等用いない等メンテナンスコストを下げる配慮を行い、排水管の更新要領を策定する等、長期修繕を考慮した計画を行いました。その結果、今回作成した35年間の長期修繕計画において、将来における一時金徴収も、積立金の増加もすることなく、定額で十分なメンテナンスが行える計画を組む事ができました。
決定管理コスト
単価(専有面積1u当たり月額負担価格)
管理費 97円/u・月
修繕繕維持積立金 110円/u・月
計 207円/u・月
修繕維持積立基金 4,000円/u
例えば専有面積80uの場合
管理費 7,760円/月
修繕維持積立金 8,800円/月
計 16,560円/月
修繕維持積立基金 320,000円
8. おわりに
今回のプロジェクトはすべての面で非常に良い結果が得られました。同時に、いかにスケルトン定借の持つ可能性が大きいかを知るとともに、その事が私自身も含めた専門家にすらほとんど認知されていない事を知る事ができました。スケルトン定借は安さだけではない定期借地権の運用方法の可能性を提示しており、この事が非常に重要であると思います。今後も一層積極的に定期借地権の持つ可能性を追求し、スケルトン定借事業を含めた区分所有のもつ限界を乗り越えていく 方法を、具体的な事業の中で探っていくと同時に震災経験者としてその教訓を活かしていきたいと考えています。
9. 建物概要 名称:塚口コーポラティブハウス
所在地:兵庫県尼崎市南塚口町3丁目1-21
地域地区:第1種中高層住居専用地域、第2種高度地区、準防火地域
敷地面積:657.32u
建築面積:394.08u
延べ床面積:1393.6u
容積対象床面積:1238.6u
併設施設:診療所(1階部分:242.15u)
建ぺい率:56%(許容60%)
容積率:188.4%(許容200%)
前面道路:5.4m
駐車場台数:6台
構造・階数:RC造、地上6階建
事業主:塚口コーポラティブハウス建設組合
コーデイネーター:株式会社 キュ−ブ
事業協力:友弘正人公認会計士事務所、長谷川不動産鑑定事務所
設計・監理:株式会社 キュ−ブ
施工:不動建設株式会社
住戸数:11戸
専有面積:69.7u〜99.9u
事業価格:約2620万円〜約4160万円(うち権利金は700万円〜1000万円)
月額地代:約1万6000円〜2万3000円