緑に溶け込む、屋根瓦のテラスハウス
木々の合間に見えるのは、屋根瓦だ。ストイックにも見える外観だが広場を囲み、7家族が連なって住んでいる。昔からの自然を壊さぬように、しばらくの間お借りする。そんな主旨に賛同したご近所同士。思い思いの家に住みながらときには暮らしの知恵を交換し合う。かつてはどこの場所にもあった町家暮らしがここにある。
広場を囲む、7家族のほどよいご近所付き合い。
京都・宇多野といえば、世界遺産である仁和寺や、村上天皇の御陵のある由緒ある土地。雑木林の残る一画に、コーポラティブハウスとしては初めての木造低層の集合住宅がある。
車道から細長いアプローチを進んで行くと、鬱蒼とした木々を背負うように、墨色のテラスハウスが4棟、広場を囲んでいる。鈍色の屋根瓦。1棟は学生用の賃貸等で、分譲の3棟に7家族が暮らしている。ここを企画した事業主、株式会社キューブの「緑に恵まれ、起伏のある環境を、できるだけ活かしながら建物をつくる」というコンセプトに賛同して集まった人たちだ。すでに建物の配置や区画プランはできあがっており、それぞれが気に入った区画を選んだ。専有の居住区画は設計者とやりとりをしながら、思い思いの希望を実現させている。
数度の全体打ち合せを経るなかで、住民同士はお互いに顔見知りになり、自然に家族や趣味の話などをするようになった。顔見知りになった人たちと共に住む……。「安心感がまるで違いました」と、今回取材した何人かが口にする。仕事や子育てで忙しいときもあるけれど、ときには共有地の梅の木から収穫した実を、ご近所のキッチンで梅干しにしてみたり、庭にハーブを植えてみたり。「普段、お互いの家をしょっちゅう行き来するわけではないのですが、何かあれば気軽に相談できる関係になっています。」
隣り合った家同士は、壁2枚で隔てられている。構造的に分離しているので、将来改修が必要になったときには、隣家に影響なく工事に入ることができる。「もともと京都の町家って、壁2枚で隔てられていたんです。だから痛んだ家だけを順々に改修していって、結果として昔ながらの美しい街並が残った」と、キューブの代表、天宅(あまやけ)毅さん。
玄関を開ければ、お向かいの小学生が自転車で出かけるのが見える。「いってらっしゃい、気をつけてね」。
そんな言葉が自然に出る。ほどよく関わって暮らす、ここは現代の長屋なのだ。
地階のリビングからは木々の梢がみえる。
「ご近所付き合いの中で育ってきた私。子供たちも、そんなふうに育ってほしい」
北の出入口の緩やかな階段の脇に、藤本さんの家がある。建物は傾斜に沿って3層に。共有地に面した玄関は2階ということになる。居間は階段を降りた1階。鋭角に伸びたトップライトとコーナーに横長に設けた窓から、青々とした梢が見える。この階だけコンクリート造。分厚い壁に守られた空間に入ると、静かな森の中に入った気持ちになる。
このコーポラティブハウスに決めたのは、緑に囲まれた環境と、分譲住宅と違って住空間に希望が言えたから。小学校に上がる前の子どもがふたりいる。各階はあえて仕切らず、家具も最小限にして子供たちの成長を見守りながら使い方を考えていく。
共有広場は、通りから細い路地を入ると奥で広がるフラスコのような形。三輪車で遊ばせていても安心だ。どこの家からも見えるこの場所で子どもと遊んでいると、他家の子どもが出てきたりする。自然な関わりが生まれてくる場所になっている。
土間キッチンで外とつながる。
「お互いに、好きなものが伝わりやすい関係です」
以前に『住む。』で読んだ環境共生型のコーポラティブハウスの記事で、住民同士おおらかにつながる姿が印象的で、「こんな住み方もあるんだ」と記憶に残っていた。このコーポラティブハウスも、環境をできるだけ保存する、という主旨が気に入った。最初の説明会から家ができあがるまで、住民が何度か顔を合わせたが、同じ主旨に惹かれて集まった家族同士の「わかりあえそうな雰囲気」には、得難い安心感があった。
井崎さんは、大原にある畑で、仲間と有機農法で野菜をつくっている。収穫した野菜を、外から直接キッチンへ持ってこられるように、キッチンは土間にした。このコーポラティブハウスでも、何人かで共有地の植え込みにハーブを植えている。庭仕事のあとは、みんなでお茶を飲むことも。土間は近所さんも入ってきやすいようだ。
「毎日の生活の場ですから、ゆったりお付き合いできるのがいちばんいいですね」。
まるで図書館にすんでいるよう。
「私自身も、この場所の住みやすさをつくる一員」
ともに研究者という舟川さん夫妻。仕事と子育てとで慌ただしい日々だが、ご近所さんに囲まれたここでの暮らしがとても心強いと感じている。
町内では賃貸物件の住人だと思われたらしく、はじめのうちは回覧板もまわってこなかった。みんなと相談して、ここに住み続けたいから、と申し出て町内会に参加させてもらった。
「ひとりだったらそんなこと、言えなかったかもしれません」。
普段は仕事で外に出るので、ご近所と顔を合わせる機会がひんぱんにあるわけではないが、共有地にハーブを植えたり、桜の季節にお花見をしたりなど、共に作業したり、楽しむ機会を見つけては参加している。あとはメール。一斉メールなら時間のあるときに相談したり、お知らせを回したりできる。 「仕事も大切にしながら、住んでいる場所やそこでの生活も大切にしたい。住みやすさをつくっていくのも、住民である私自身だと思うからです」。
住みながら内部を整えていく。
「新婚の私たち、教えてもらうことがたくさんあって」
緑に囲まれた環境に惹かれたのは夫のほうだった。しかし妻は、虫が苦手。不安もあったが、引っ越して、ご近所さんといっしょに共有地にハーブを植えたり、今は自宅の花壇づくりに挑戦し始めたところだ。困ったときは。畑仕事に詳しい井崎さんに泣きつく。
生協の共同購入は、配達時間を妻の有紀子さんの帰宅時間に合わせて、みんなが調整してくれたおかげで続けられた。夕食の準備時間もあるので、会話を楽しむまでいかないが、それでも顔を合わせるわずかな時間に「いっしょに梅を漬けましょうか」、「中庭に植えるのは何がいい?」などの話が飛び交う。たいていは「あとはメールで!」ということになるけれど。
「自宅と職場の往復で、時間の余裕はまだ無いけれど、ご近所さんのおかげで、寂しい思いしてません」と有紀子さん。「いっしょにこの場所に暮らすという、仲間意識のようなものがあるのかもしれませんね」。
コーポラティブハウスを心地よく、永く住むために。
住民たちが納得する価格で住まいを手に入れ、しかも内部は住み手の好きなようにデザインできるコーポラティブハウス。良質な住宅を、持続可能な方法でメンテナンスしていけたら、スクラップ&ビルドの連鎖から抜け出し、落ち着いた街並を保つことができる。
「その土地によって、コーポラティブハウスのコンセプトは異なります」。そう語るのは、数々のコーポラティブハウスを手がける株式会社キューブの代表、天宅毅さんだ。
「宇多野の場合は、環境と共生するということがテーマでした。そうはいっても自然と折り合いをつけるって、それなりに覚悟のいること。そんな覚悟を引き受けてくれる人たちと、いっしょに家をつくることができました」。
引き渡しまで、住民が集まる集会は6、7回。あっさりとしたものだ。住民同士の議論もない。集まって住む、ということに関しては、「みんなで仲良くしないといけない」、と無理に考えなくてもいいと思っている。「仲良くする人がでてくれば、同時に仲良くなれない人が出てくる。お互いの違いを認め合いながら適度な距離を保っていれば、みんなが機嫌良く住めるはず」。
その代わり、住民がつくった管理組合に管理会社を選定してもらい、そこにメンテナンスを依頼する。管理の主体はあくまでも管理組合、つまり住民であることを意識してほしいからだ。「大切なのは、会えばあいさつするほどの距離感」。
たかが、と思われがちだが、多くのマンションでそれができていないという。あいさつもない関係では、建物が自分のものであるという意識が持てず、共有スペースのメンテナンスもなされずに荒れていく。逆にあいさつさえあれば、その場所をみんなで大切にするという意識が生まれるのだ。
住み心地がいいということは、その場所を大切にする関係を築けるかどうかにかかっている。
宇多野コーポラティブハウスは、木造低層の建物とスケルトン定借の組み合わせで建てられている。最初の35年間は借地として地代を地主に払い、次の25年間は建物を地主に譲渡、それまで地代と同額の家賃を払うことで、その建物に住み続けることができる。木造テラスハウスは、共有設備の維持管理がしやすく、二重壁で構造的独立が図られるので、個別の維持管理や改修もしやすい。長期に渡り、安心して良質な環境に住める仕組といえる。