2. 地域コミュニティ醸成に向けての展開方法
■文化コミュニティ醸成の考え方
文化の時代を迎えている。文化は地域にアイデンティティを、そして生活に重曹性をもたらしてくれる。我が国においても、社会の一定の成熟段階への到達に伴い、文化的なるものへの希求はどの地域でも高まりを見せるようになってきている。しかし、高次の文化振興活動を地域住民たちの人的ネットワークだけで実践していくことはなかなか難しい。また、地方自治体が推進する文化事業も地域の必然に立脚していないケースが多く、そのためにどうしても借り物的な感が拭えない。文化の時代にもかかわらず、そのような理由で地域の文化振興事業はいま一つ地域の中に根づいていくことができない。
第U章で述べたように、生活文化とはそもそも地域における生活の堆積であり、したがって、地域における文化振興事業を自分たちの生活実感を伴ったものにするためには、振興活動の中に地域に生きる自分たちの思いや、生活の琴線に触れるテーマが盛り込まれていなければならない。そして、地域に生きる生活実感に根差した展開を期待するためには、その創作活動の核となるテーマ出しやコンセプト・メーキングの段階に、地域生活の必然を反映させるために生活者自身が積極的に参画する必要がある。専門家のクリエーターと生活者が協働して、地域に固有性の高い地域生活文化の事業化を図るのである。そして、生活実感に即した文化コミュニティ事業の展開を図ることによって、地域のアイデンティティと生活文化は実態的に地域に根づいていくようになる。
そのような文化コミュニティの醸成につながる展開に関する実例を二例挙げてみたい。
[音楽を楽しむまちづくりの例]
阪神淡路大震災で特に大きな被害を受けた神戸市の長田区では、現在、ハード・ソフト織り交ぜながら様々な復興事業が進行している。そして、そのソフト計画の一つにこの音楽によるまちづくりの推進がある。パリやニューヨークでは公認のサブウェイ・ミュージッシャンが地下鉄車内や構内で演奏しているように、この計画はストリート・ミュージシャンが公共の場で演奏することを行政公認の下に推進しようとするものだった。
音楽雑誌の出版に携わる人間や、音響技術を教える各種学校の人間などによって推進委員会を組織して、行政による公認ストリート・ミュージシャン募集としてオーディション参加者を募ったところ、応募者は地元の若者だけに留まらず、関東からの応募も含め実に百組近くに上った。現在、登録を済ませたアマチュア・ミュージシャンは駅前広場などの公共スペースで定期的に演奏活動を行なっている。また、こうした活動の積み重ねによって、商店街連合会などの地域団体からもイベントへの出演要請がよせられるようになってきており、音楽のまちづくりに向けて地域とのコミュニケーションは確実に生まれつつある。
こうした動きを核に、長田区では今後は他の地元の既存音楽団体との連携や音楽をテーマにした施設事業の開発、更には地域への音楽系事業の誘致などによる音楽産業の育成を展望している。
[生活者と一体となれる演劇の展開例]
クラシックコンサートや演劇は行政関連団体によって各地で定期的に行われているが、いまひとつ地域に馴染んでいかないし、借り物の文化事業的な感は否めない。立派な文化ホールを地域に建設しても、催し物の計画を年間を通して埋める作業が難航している自治体も多いと聞く。地域型文化ホール事業を地域コミュニティの醸成のために役立てるためには、借り物のような芸術を誘置するのではなく、地域に生きる生活者の信条に根ざした展開を誘導しなければならない。少なくとも演劇に関して言えば、元々演劇人口が少ない我が国において、自分たちの生活と全く関わりのない既成の脚本をそのまま上演しようとすること自体に無理があると思われる。
かつて私は、いつも通っていた大阪・北新地のスナックの常連客たちと一緒になって、サラリーマンのアフターファイブをもっと充実させようというテーマの下に、「サラリーマン生活向上委員会」という集まりを作って演劇をプロデュースしたことがある。テーマは揺れ動く企業社会の中で翻弄されるサラリーマンの望ましい生き方とし、メンバーの会社の会議室を夕方から借りて、毎週一回ビールを飲みながら会社人間の抱える課題に関して様々な討議を行なった。そして、そこでの討議結果を演じるプロの役者が脚本に直して公演を行った。
大阪の小さな小屋で手弁当で行なったこの「ザ・サラリーマン」という芝居は、新聞各紙で大きく報道されたこともあって信じられないくらいの大きな反響を呼んだ。そして、「委員会に入れて欲しい」「妻が新聞で読んで、会社のことで悩んでいるなら参考に見てきなさいと言われて…」等々、私の事務所には悩めるサラリーマンからの問い合わせが殺到した。
恐らく、このときの観客は演劇など一度も見たこともない観客が殆どだったろう。演劇の基本は観客の人生の何がしかの部分に感銘を与えるところにあるのであって、観劇の習慣が生活の一部として根づいていない我が国においては、借り物の脚本でそれを獲得することは難しい。さほど予算も無い中で効果を期待するためには、地域生活の課題の中の何をテーマとするかを決めて、そこに地域生活者の実感や意見を集め、そしてそれを近隣の小劇団に頼んで脚本に直して上演してもらえば、少ない予算であっても地域コミュニティ促進のための大きな効果を生むことができるようになる。
このように、生活者が自らの手で抽出した地域課題を創作活動の具体のテーマに取り上げてもらうことによって、その文化事業は地域生活者の共感を大きく喚起することができるようになり、地域生活者の興味参加型コミュニティ活動への参加性を飛躍的に高めることにつながっていく。出来合いの展開ではコミュニティは結実していかない。地域の実態を見据え、生活の琴線に触れる展開を心がけなければならない。
TOP 戻る 次へ
2001 Shigeru Hirata All rights reserved.
Managed by CUBE co. ltd.