第1節.問い直される企業組織のあり方
1.会社考
■個の知恵よりも集団の行動力に価値を置いた組織の歴史
第二次大戦後の我が国は、欧米、特にアメリカに追いつくことを目標として、フリーライダー(ただ乗り)と批判を浴びながらも、ひたすらアメリカを模倣しながら経済復興に努めてきた。やがてテレビが家庭に普及するようになったが、誕生後間もない日本のテレビ局では費用の点から番組を自主制作することもなかなか叶わず、「ルーシー・ショウ」などのアメリカで放映済みのホームドラマが繰り返し流されていた。私たちは、畳に置かれたちゃぶ台の前に座りながら、リビングルームやダイニングルーム、そしてマイカーを備えた近代的な生活を羨望のまなざしで見つめていた。私たちが目指すべき未来は、全てテレビのブラウン管の中にあった。
余談ながら、実はこれは映像によって文化や文明の面での洗脳を図り、最終的に自国の経済政策に帰結させようとする、アメリカ一流の経済戦略であったらしい。
戦後から高度経済成長期へと続く経済規模拡大の時代は、答えの分かっている確定路線の中で資本と組織の規模だけで順位を争う、フィールド競技のような競争社会だった。目指すべき目標がはっきりとしたコンセンサスとして存在しているビジネス環境の中にあっては、企業の求めるのは個人の創造力よりも集団としての均質な行動力であり、教育界もそれに応える教育プログラムを実践して均質な人材の輩出に努めた。個人の知恵よりも集団の汗が要求されたのである。序章で「哲学・科学・技術・経済」という社会構造のヒエラルキーについて述べたが、このような社会構造の下では哲学性も科学性もさほど重視されることはなく、ひたすら、アメリカモデル追求のための技術向上と、効率重視の生産体制強化によって日本の産業社会は拡大していった。
しかし、個人の感性や主体性を評価しようとしない企業活動の歴史は、あたかも背骨を欠く甲殻類動物のような、組織のフレームだけが固くて内部の構成員に主体性がない、いたって無責任で硬直した体質を作り上げることになってしまった。高度経済成長の時代、大手企業に勤める企業人の就業時間の八割は書類を書くことに費やされていた。自らの信念や感性を自宅に置き去りにして出社し、机の上で書類さえ書いていれば、それで業務は済んだのである。その様な環境の中で育つ企業人が、自社の事業の本質を実感をもって把握できるようになるとは到底考え難い。今日の企業社会においてもなお支配的な経験則重視の判断基準、個人の知恵を評価できないマネジメントシステム、経営者の哲学性の低さといった我が国独特の企業体質も当然の帰結と言わねばなるまい。
没個性的で創造性が低く、社会変化に対応力の乏しいこうした硬直した企業社会の体質は、アメリカに追いついてしまった時点で企業の産業目標を喪失させることになってしまった。効率性を金科玉条のごとく追求し、その結果培われた自らの企業体質のために、新たな時代への対応を難しいものにして苦しむ現在の企業の姿がそこにある。
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