X章.多元価値社会の成立に向けて



■はじめに

 私が社会人の仲間入りをした七十年代の半ば、世の中は現在とは比べ物にならないほど活気に溢れていたように思う。企業人は社会の成長を支える企業戦士として気概をもって仕事に取り組み、役人は公僕として社会への奉仕に邁進し、町工場には煙が立ち上り、商店街には商店主の呼び込みの声がこだましていた。そして、家庭はまだ若干の貧しさを残しながらも、母親は子供育てながら、内職の傍ら祖母から引き継いだ生活文化を伝えていた。

 そしてそれから半世紀を経た現在、この国は硬直化の極みに陥っている。経済はバブル崩壊後の長引く不況から脱出することが出来ず、雇用不安は増大し、年金制度の破綻の予測の中で自らの老後にも大きな不安が生まれている。また、それ以上にやりきれない思いを抱かせるのは、この国全体の社会秩序の崩壊だ。大手企業や国家官僚の無責任体質が次々と引き起こす事件や不祥事。少年犯罪の凶悪化。世論は対応するための制度改革を国に求めるが、何よりも政治自体に存在感がない。

 かつては豊かな社会を目指して一丸となって努力してきた国民も、社会の一定の成熟段階到達に伴う管理体質の強化によって、個人の主体性は逆に弱められるようになっている。国民は依存体質を強め、そして依存体質の強い免責者の群れで構成されるようになった社会は更に硬直化を強めながら、構成員の主体性も責任感も一層希薄なものに変えていこうとしている。

 この国が再び秩序と活力を取り戻し、主体性に溢れる社会へと転換できるかどうかは、この自家撞着の循環の環を如何に断ち切るかに掛かっているといっても過言ではない。そして、本書ではそれを個人の主体性の回復と、そのことによる社会の各中間組織の再生に求めてきた。個人が主体性を回復し、実態を取り戻した中間組織を足掛かりに自立した個人として歩みを始めることによって、社会は自然治癒を始めるようになる。企業人は我に目覚め、生活者は生活に帰り、地域産業従事者は生活への奉仕に活路を見いだし、地方自治体職員はヒューマニティへの回帰を図る。自由で多様性が認められる多元価値社会の実現方策は、社会の各構成員の自律性に根ざした秩序形成への拘りという個人の美学にしか求めるところはない。


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