■高度信頼社会の出現

経済一元化体制の限界到達によって徐々に広がりつつある閉塞感の中で新たな社会の枠組みが模索されるようになり、本書ではそれを地域社会の実態化によるマス経済社会との二重構造化の中に求めてきた。そして、そうした多元価値社会の実現に向けて、各社会構成員の自律と自立性の回復の必要性を各章で述べてきたが、実は地域社会にこそ個人の精神の自立性が最も問われるのである。地域社会は構成員である各地域生活者の精神の自立無くしては成り立たない。第U章で述べた京都における地域社会の健全さも、京都人の高い精神の自立性によるところが大きい。

 精神の自立度が低く、他人への依存体質が強い人間が、明確な基準も無く様々な価値観が混在する地域社会の中で生きていくことは難しい。自己の確立が図られていない人間は、他人の生活との適切な折り合いを付けることができないために、簡単に人間関係を損なうことになってしまう。そのため、抽象の概念にしか過ぎない会社というものへの依存体質の強い人間は、そのままでは地域社会の中で生きていくことはできない。地域社会を生きるためには、個人の精神を自立させることによって、他人の生活と適度の距離をもって付き合える資質を育まなければならない。実は、無責任体質の全体主義が蔓延する会社組織の中においても自立した一個の人間として主体的に業務に携わることができる人間こそが、地域社会の中でも活き活きと生きていける人間なのである。

人間の欲求の中で最も高次の欲求は奉仕の欲求に求められる。企業人は自社の事業活動を通じて社会への奉仕の精神を実践し、地域産業従事者は生活産業への業態改革によって地域生活への貢献を図り、生活者は同じ地域の中での生活の互助を、地方自治体職員は生活を上位に位置づけた地域政策の実践を行う。様々な社会領域に生きる自立した各個人がヒューマニティへの回帰を果たし、そして自らが位置する社会領域での活動に奉仕の精神を持ち込むのである。人間の本質に根ざすこうした社会活動は高い情報発信力を持つものであり、情報が持つ強い同志結合促進力によって志を同じくする同志との広範なネットワーク・チャネルの形成は自ずと生まれていく。

現在の私たちの社会は、あらゆる局面において競争が存在する社会である。受験によって始まる子供の学校生活。会社や地域での商いにおける競合相手との競争。競争を過度に正当化するこうした環境の中で培われる常識は自分以外のあらゆる他人を敵視する風潮をもたらし、最終的には他人の不幸が自分の幸せと錯覚するような考え方さえ生み出していく。そのような状況の中で、豊かな社会の究極の姿である相互信頼体制など生み出されていくはずがない。

 様々な社会に生きる自立した社会人が、高次の奉仕の精神に基づき、豊かな社会の結実に向けて自らが取り組むべき課題を活動テーマとして掲げる。このような、自らが因って立つ基盤を明らかにしたうえでの業務を通じた奉仕の精神の実践は、志を同じくする人間との間の同志的結合を促すものであり、このことが結果として、豊かさを実感できる社会の一つの根拠である、ヒューマニティに依拠する高度信頼社会の実現を導くことになる。


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