■生活の連続が根づかせる生活文化
地域の生活を阻害する要因を克服しようとする人間の知恵と努力の時間的積み重ねの歴史が、生活文化を地域に根づかせていく。つまり、地域に生活文化が根づくためには、生活の阻害要因の存在とそれを克服しようとする努力と共に、その改善努力が払われ続ける一定期間以上の時間(歴史)の積み重ねが必要なのである。人間が地域に住み続け、生活阻害要因を克服するために払い続ける努力というフローの集積が、生活文化というストックを地域の中に生み出していく。したがって、人間が住み続けた歴史の短い地域では、生活阻害要因に立ち向かう知恵と努力が生活文化として結実し、そして地域に根づくという状態にまでには至らない。
かつての王城の地である京都に代表されるように、関西には歴史に裏打ちされた文化性を標榜している都市が多いが、それとは異なる希有な例として神戸のまちが挙げられる。明治の開国とともに外国人の居留地が設けられた神戸には異国情緒漂うお洒落でハイカラなイメージが漂っている。しかし、神戸の歴史は所詮開港百年余りのものにしか過ぎず、その固有性が生活文化として醸成され、生活に実態を伴って根づくまでには至っていない。生活文化が地域に根づためには一定期間以上の住み続けの歴史が必要なのである。
地域に生活文化を脈々と根づかせるためには、生活の連続性が長期間にわたって担保され続けていなければならない。生活文化は地域を舞台とする人間の営みの連続性の中で醸成されていく。したがって、地域における人間の住み続けの歴史が途絶えた途端に、せっかく地域に根づいてきた生活文化も瞬間的に霧散することになってしまう。そのことは、共に古い歴史を持ちながら、七百十年に都が開かれてから百年足らずしか都が存在しなかった奈良と、その奈良からの遷都によってその後一千二百年に亘って我が国の代表的都市として人間が住み続けた京都の、この二つの古都の現在を比べてみても分かる。生活文化は人間にしか付帯しない属性があり、したがって、人間の手によってでしか時間を越えて地域に根づかせ、そして今に伝えることはできない。
"開発"と言う言葉が正義の響きを含んでいた高度経済成長の時代、「関西は関東に比べて開発が遅れている」という意味の言葉を時々耳にすることがあった。それは恐らく、両地域の人間の住み続けの歴史の差に起因しているものと考えられる。総じて生活の堆積の歴史が長く、且つ土着性が強い関西では、先祖代々住み続けてきた歴史があるので、土地に染み付いている記憶を簡単にひっくり返してしまおうという発想にはなり難い。長い年月によって培われた地域に対する愛着が、刹那的な経済効率の論理に依拠する開発という発想に優先しているのである。
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