■習慣の連続が確立する新たな生活スタンダード
生活文化は、長い時間に亘る人間の営為の繰り返しの中で洗練され、純化してゆく過程で醸成されていく。したがって、生活文化が醸成されていくためには、生活の安定的な連続性が担保されていなければならず、そのためには生活の舞台となる社会が安定した状態になければならない。江戸時代の元禄期に代表されるように、我が国の文化が大きく花開いた時期は全て社会体制の長期に亘る安定期だった。
また、こうした過去の社会の安定期においては、習い事にいそしむのは女性ではなく男性が中心だった。地域固有の文化は旦那衆の習い事を通じて固有の芸能に発展していった。大阪を例にとれば、浄瑠璃という船場の旦那衆の習い事が文楽という大阪固有の芸能を育てている。旦那衆の習い事は地域に文化を根づかせるための一種のメセナであったということができよう。生活の習慣が文化を育み、そして文化の規範力が生活の習慣化を強いる。生活と文化がこのように相互に影響を及ぼしあう環境が、スパイラル的に地域社会の文化的な体質を強めていくことになる。
しかし、社会が安定した状態にある時代にはこうして男性も文化に向かうが、一旦社会の安定が崩れると男性はすぐに文化から離れてしまう。我が国の明治以降のこの百年あまりは、国造り、幾度かの戦争、そして高度経済成長期と、社会は常に拡大を目指して一直線に駆け登っていく時代だった。したがって、そのような環境の中で生活文化は花開くことはなく、逆に文化をひたすら消費するだけだったといえよう。社会が変動すると生活は安定を失って習慣性が崩れ、その結果、生活文化は希薄化する。我が国の高度経済成長時代は生活を無機質なものに変え、伝統的な生活スタンダードを崩壊させ、その結果である生活様式の混乱の中で産業社会は生産目標を喪失していった。
経済社会の恒久的な活性のためには社会に連続的な変化が要求される。水平的な安定状態ではなく、拡大を続け、上昇エネルギーに溢れている社会環境の下でこそ経済的に活力のある社会は維持される。つまり、生活文化の醸成が図られる水平的な安定社会と、経済活性が進行する流行社会は全く異なった社会環境の下に成立するものなのだ。
したがって、開発が活発に進行し、経済成長が声高に望まれているような社会環境の下では、生活文化が花開くことはない。習慣の連続性が担保される、社会が限りない水平線上を漂う時代にこそ生活文化は大きく花開く。そして、今後期待される生活文化の熟成が、現在の我が国の混乱した生活様式の中から新たな日本の生活スタンダードを生みだしてくれることになる。
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