3.目指すべき地域生活のスタンス


■新たな生活スタンダードの構築

 我が国の急激な近代化の余儀ない受容によって、次々と呈示される新しい文化への生活アダプトの繰り返しは、結果として新旧、和洋などの文化の混乱を招き、生活指針の喪失と生活不全感の広がりをもたらした。現状に対する充足の一方で、生活文化への空虚感を生んだのである。また、こうした生活と生活文化の失速は、生活要求に基づいて展開されるべき産業分野においても先行きの不透明感を生みだしていった。

 和洋の文化が混乱している最も際立った例として、和風、洋風という様式が混在している日本の住宅のありように着目してみよう。どの国においても、住宅の様式はその国が持つ気候風土の特徴に基づいて必然的に生まれている。したがって、我が国とヨーロッパの住様式の違いが生まれる原因も、ヨーロッパにおける自然の厳しさと、我が国の湿潤さという二地域の気候の違いに求めることができる。

 ヨーロッパの自然は我が国の自然のように温暖なものではなく、その結果、厳しい自然に対峙するために壁によって外界を遮断する工法が生まれている。室内を厳しい自然から隔離することによって生活を守ろうとしたのである。一方、日本の気候は温暖なものであり、自然に包まれて生きる日本人は柱によって大きく間を取りながら自然を出来る限り取り入れようとする軸組工法を生みだしている。しかし、戦後の西洋化の流れの中で、西洋風のオシャレな壁工法のツー・バイ・フォー住宅などが我が国にも広く普及するようになった。

 このことの問題の一つは主にエネルギー問題として捉えられる。夏をもって旨とする我が国の軸組工法の住宅は、それ自体がパッシブソーラ・ハウスであるということができる。したがって、温暖な気候と一体構造にある我が国の住宅は、人工の空調をさほど必要としていない。ところが壁で外界を遮断する住宅は強制的な空調システムを必要とする。本来はさほど必要とされなかった人工エネルギーが、壁工法の住宅の普及によって生活上の絶対必要条件になってしまっている。

 そして、我が国の気候のもう一つの大きな特徴である湿潤さは床の高さを上げ、そのことによって欧米との決定的な生活様式の差を生み出している。乾燥した気候の西洋では低い床に靴のまま入り、イスやベッドといった家具に腰をかけたり、横になったりする。一方、日本の住宅は高い床に畳を敷き、そこには靴を脱いで上がり、そのまま座ったり布団を引いて横になったりする。床を素足で歩き、座り、寝る、このような生活様式は特に触覚を敏感にさせるものであり、その結果として日本人の繊細で潔癖症の性質は育まれている。

 ところが、戦後の洋風化の流れは、直接座り、横になる生活が営まれていた床の上に、イスやベッドといった西洋の生活様式に基づく家具を導入して積み上げた。だが、そのような二重構造の不安定な生活が定着するはずもなく、日本人は応接セットなどの家具を使いこなした生活も出来ず、かといってもはや畳に座る生活も出来ない混乱した生活スタイルに陥り、その美点だった繊細な感覚も鈍らせることになってしまった。

現在の西洋型生活スタイルは、日本の気候風土に基づく必然的な生活様式をこのように無視しているにも関わらず、改められる気配はない。むしろ混乱した様式はそのままに、本来商品化が図られるべき領域ではなかった住宅の商品化を生活者不在のまま推し進め、キッチンやバス、内装、設備機器の一層の過剰設備化を見掛け上の付加価値に、住宅産業の売り込みは激化の一途をたどっている。

しかし、住宅領域における"和"の復権は必ず興る。西洋化の時代に単に古臭い様式として切り捨てられた"和"の暮らしは、一周遅れて、高級感と憧れを新たによそおいながら再び私たちの前に姿を現すはずだ。

 私たちは、活き活きとした地域生活を取り戻すために、生活と産業と地域の有機的な連関性を回復し、生活文化創造のダイナミズムを建て直さなければならない。地域の必然に目を向け、生活と産業と地域のあるべき方向性を示す指針の定立を図るのである。そしてその中で生活仕様の再生を図っていく。地域の独自性の回復と固有の文化の再定立の中で、生活の必然に沿った新たな生活スタンダードの構築を図っていかなければならない。


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