■小さいから取れる生活対応のスタンス

 しかし、だからといって、今まで地域に存在しながらも地域とは共生関係になかった地域産業が、明日から突然高い地域対応力を発揮した展開に入っていけるわけではない。既存の地域産業が生活支援型産業に転換を図るための課題と持つべきスタンスについて、幾つかの視点を以下に挙げてみたい。

[生活者の理解]

 本来、企業は消費者に貢献するために生まれ、それを推進することで存在が認められている。生活者に視点をあわせて事業活動を組み立てることが、大手、中小を問わず企業としての大前提だった。しかし、規模の効率性を求める経済の流れは企業組織規模自体の拡大をもたらし、そして拡大する企業組織は生活や地域からしだいに遊離するようになり、最終的に生活者不在の自己目的化した産業活動の流れへと変質していった。

 これとは逆に、中小の地域産業経営者や従業員は同じ地域の中での職住近接の関係にあることが多く、彼らは地域から逃れたくとも逃れることが出来ない。そしてその近隣には消費者である一般生活者も居住している。生活と産業活動が地域の中で渾然一体となるこのような構造は、生活者の日常行動やニーズを把握することを非常に容易なものにしてくれるはずである。

 そもそも、地域産業従事者自体がまず地域生活者であり、自らが感じる地域生活上の二ーズを周辺生活者の動向を通して確認することによって、自らが地域に提供すべき商品やサービスは自明のものとなる。別段、高い情報コストを払って消費者ニーズを東京に聞かずとも、共に同じ地域に生きる生活者として日々の日常生活の中から確認する方法は幾らでもある。

[地域に開かれた事業所への転換] 

 工場などの地域の製造業の拠点が地域に開かれているケースは少ない。地域産業には、ビジネスとしての産業コミュニティの輪はあっても、地域コミュニティには参加できていないケースがほとんどであろう。ましてや塀や壁で地域から隔絶した環境を自ら作り出しているような建物に篭っていては地域生活者が中の活動を目にすることも出来ないのだから、自らの産業活動に地域の理解を得ることなど到底出来ない。

地域生活を見据えて生活産業への転換を図るためには、地域とのコミュニケーション・チャネルの構築が不可欠な要素として求められる。ビール工場などでは定期的に「お客様感謝デー」といった消費者招待イベントが開催されている。普段は消費者と接する機会のない製造業の事業所であっても、こうした消費者との定期的な交流イベントを開催することによって、消費者に自社の事業内容に理解を求めることができるようになり、また従業員も自社の事業の社会性や地域貢献の必要性を自覚できるようになる。

更に言えば、事業所のあり方にも工夫が加えられなければならない。工場の部分的シースルー化なども一つの方法であり、それによって労せずに自社の活動内容を地域に知らしめることができるようになる。このことは同時に、建物内の整理・整頓や、従業員の仕事への取り組み態度の改善などにも無意識のうちに効果をもたらす。

[域内産業コミュニティの再構築]  

 高度経済成長期以前の時代には、製造・卸・販売など、一連の産業活動のエネルギーが地域の中で健全に循環する、産業コミュニティの輪が存在していた。しかし、地域を単位とするこうした域内完結型の産業ネットワーク・チャネルは、東京一極経済システムの拡大とともに、今や随所で寸断されてしまっている。

 生活者と地域に視点を据えて地域に望まれる商品やサービスの開発・供給を図るとは言っても、中小の企業が一社で商品開発から製造、流通、販売までを一貫して展開できる能力を備えているケースは稀であろう。したがって、地域に望まれる商品やサービスの提供を可能にするための異業種・異業態連携を、地域の商業者、製造業者、その他のサービス事業者との間で改めて取り結ぶ必要がある。

 地域を単位として地域生活者が望むものを地域の異業種・異業態産業連携ネットワークが開発・供給する。地域を巡るこのような連鎖型産業活動の展開が、マス経済に誘導された画一化社会に生きる生活者により高次の生活の可能性を呈示するとともに、地域産業自体の新たな産業活性の視点をも切り開くことになる。

[非近代化に止まる道]

 地域産業の中には家内工業的な形態を取っている組織が多い。職と住が同居している中での生活と事業の兼業体制である。生産活動と生活が同じ空間を共有しているこのような体制を行政は非近代的な業態と位置づけて、近代化というスローガンの下に職住の分離を呼びかけている。

 しかし、生活と事業が空間的に重なっているということは、純化を目指す近代化の発想からすれば遅れた形態ということになろうが、重なっているからこそ効率的な面があり、産業目標である"生活"をより理解しやすいという利点もある。事業主である夫や仕事を手伝う妻にとって、職住一体構造は仕事と生活を同一時間軸の中で対応することが出来る効率的な業態なのである。

 また、生活と職場の分離には、生活情報の分断化と共にコストの問題も大きく立ちはだかる。空間の二重所有と二地点間の移動に要するコストと時間。更に、兼業から専業に替わることによる事業サイドでの人件費増。このようなコスト増というリスクを冒す"近代化"に、小規模地域産業のメリットが本当にあるのだろうか。事業の運営における余裕の一つはランニングコストの低減化によって生まれる。やみくもに企業化の道を辿るのではなく、固定的なランニングコストの増大を避け、事業収支面からも小さいが故のメリットを守る発想が重要であると考えられる。


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